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広島高等裁判所岡山支部 昭和28年(う)348号 判決 1954年1月14日

控訴人 被告人 福武英一郎 外七名

弁護人 松岡一章

検察官 今井和夫

主文

被告人藤森熊夫、金谷京治、高原正雄、池田孝雄、河部義徳、大月八重、近藤信夫の本件各控訴を棄却する。

原判決中被告人福武英一郎に関する部分を破棄する。

被告人福武英一郎を罰金五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間労役場に留置する。

原審における訴訟費用のうち、証人井上保、平松石蔵、福武善、丸山義夫、前田千寿子、菅野良子、梅林武夫に支給した分は、被告人福武の単独負担とし、証人小田武、中尾悟、大場要太郎、三浦定男に支給した分は、被告人藤森、金谷、高原、池田、河部、大月等の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人等の弁護人松岡一章提出の控訴趣意書記載の通りであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点の(一)、同第二第三点事実誤認の違法があるとの主張について、

原判決の掲げる証拠を綜合すれば、優に同判決摘示の各犯罪事実を認定するに足り、記録を精査し所論と対照して同判決の事実認定を検討して見ても、論旨に指摘するような誤認はない。論旨は理由がない。

同第一点の(二)理由にくいちがいがあるとの主張について、

原判決が、被告人福武に対する判示第一の戸別訪問の罪の一部につき、近藤信夫との共犯(共同正犯)関係を認定しながら、近藤信夫に対する関係においては、同一事実につき共謀の立証なしとして無罪の認定をしていることは、まことに所論の通りである。しかしながら判決の対象となる被告事件は、数人の共犯者を同時に同一手続によつて併合審理する場合においても、被告人毎に各別に存在するものであつて、判決もまた主観的な右基準に従つて各別になされるものであるから、判決における理由の不備またはくいちがいの有無の如きも、当該被告人に関する判決の主文と理由についてのみ審査決定すべきものである。もとより共同正犯の如く、互に意思を相通じ犯罪を共同にした場合においては、その犯罪の成否は、犯人相互につき共通不可分のものであるから、同一判決において、その一方についてはこの関係を積極的に認定しながらその相手方についてはこれを否定するような認定は、互に矛盾した判断であつて、そのいずれかに審理不尽ないしは事実誤認の違法のあることを推測させるに十分であるが、この矛盾のあることを以つて、直ちに双方の判決の内部に理由のくいちがいがあるものとして、破棄の理由とすることはできない。

しかして原判決挙示の証拠によれば、所論戸別訪問の罪は原判決が被告人福武について認定している通り、相被告人近藤信夫との共同正犯であることが明らかであつて、被告人福武に関する原判決の認定事実と挙示の証拠との間には勿論のこと、その事実と適用法令との間にも、何等の不備くいちがいがなく、これ等の理由と主文との間にもこのような瑕疵のあることを発見し得ない。

所論は近藤被告人に対する判決の事実認定を基礎として、被告人福武に対する原判決を非難するのであるが、瑕疵はむしろ前者にこそあれ、福武被告人に対する原判決に所論のような違法はない。論旨は理由がない。

つぎに職権を以つて判断すると、原判決は被告人福武に対し、懲役六月の実刑を言渡しているのであるが、記録を精査し本件犯行の動機、態様その他諸般の情状を考えるときは、その量刑は著しく重きに過ぎるものと認められるので、破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に従い被告人藤森、金谷、高原、池田、河部、大月、近藤の本件各控訴を棄却し、同法第三百九十七条、第三百九十二条第二項、第三百八十一条により原判決中被告人福武に関する部分を破棄し、同法第四百条但書に従いつぎの通りさらに判決する。

原判決の確定した事実を法律に照すと、被告人福武の判示所為のうち、金銭供与の各罪及び饗応接待の各罪は、公職選挙法第二百二十一条第一項第一号に、事前運動の各罪は同法第百二十九条、第二百三十九条第一号に、戸別訪問の罪は同法第百三十八条、第二百三十九条第三号に各該当し、右饗応の罪相互の関係及び事前運動の罪と右饗応または供与の罪との関係は、それぞれ一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該るので刑法第五十四条第一項前段、第十条により、重い饗応罪及び各供与の罪の刑に従うべく、右によつて事前運動の罪と一所為数罪となつた供与の各罪と饗応の罪と戸別訪問の罪(これは包括一罪と解する)とは刑法第四十五条前段の併合罪となるので、その所定刑中各罰金刑を選択し、同法第四十八条第二項により、各罪の罰金の合算額の範囲内において、被告人福武を罰金五万円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第十八条に従い、金五百円を一日に換算した期間労役場に留置すべく、原審における訴訟費用のうち、主文に記載した分は刑事訴訟法第百八十一条、第百八十二条により被告人において単独または連帯して負担すべきものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 宮本誉志男 判事 浅野猛人 判事 幸田輝治)

弁護人松岡一章提出の控訴趣意書

第一、被告人福武英一郎につき

(二)原判決は、その理由にくいちがいがあるものと信ぜられます。

即ち、被告人福武に関する戸別訪問の認定事実に於ては、相被告人近藤信夫との共謀事実を認定し乍ら、相被告人近藤については、右事実を罪となるべき事実とせず、その理由の末尾に於て自白の補強証拠なしとして証明十分でないと説示しているのであります。共犯者の一人につき、証明十分でない事実につき他の方を共謀であると認定することは、判決の理由にくいちがいのあるものと謂わざるを得ないのであつて、或は原判決は単に補強証拠がないために刑事訴訟法の規定により有罪とできないだけであるとの御見解とも解せられるが、自白のみで補強証拠のない事実を有罪とできないとする法の趣旨は、その自白そのものに真否の疑いがあることを意味しているのであつて、即ち如何なる内容の自白があつても、その事実全体が有罪たる証拠のないのと同様になるとしているものと信ぜられるのであり、原判決にはこの点で理由のくいちがいがあつて破棄を免れないものと信ぜられるのであります。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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